2008年07月11日 (金) | 編集 |

「入谷あさがおまつり」は、
鬼子母神を中心に毎年7月の6・7・8日の3日間に開かれ、
境内と寺院前の言問通りに100あまりの店が並び、
約2万鉢の朝顔が売られます。土日に重なると人出も増え、
行き来が出来ないほど賑わいます。
※本年の「入谷あさがおまつり」は
北海道で開催されるサミットにより、
警備上の問題等から、開催日程が変更となります。
例年は曜日にかかわらず7/6〜7/8となっておりますが、
本年のみ7/18(金)〜7/20(日)の開催となりますのでご注意下さい。
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■入谷の朝顔
朝顔は、奈良時代初に薬用として中国より導入されました。
当初は青色のみであった花色も、赤・白などが出現し、
文化・文政の頃より観賞用植物として
盛んに栽培されるようになりました。
「入谷の朝顔」「あさがおの入谷」と
世に宣伝されるようになりましたのは、
明治中期頃でございますが、
入谷の名は、植木師成田屋留次郎の活躍により、
顕われております。
成田屋は、変化咲の名人であるばかりでなく、
今で謂うルポライターで、「三都一朝」と著わし、
江戸・京都・浪花から 84品種を選び、
田崎草雲の画を以って図説を行い、
更に「雨地秋」で、江戸・浪花の珍品を紹介し、
「都鄭秋興」では野村文紹の画によって、
各地124品種を紹介しております。
また、「花合せ会」などを各地で開いた
プロディーサーでもあり、入谷朝顔の始祖とも言えるでしょう。
なぜ入谷で朝顔が盛んになったのかには
幾つかの理由が考えられます。
第一に、江戸の郊外であるため、
人々が早朝、朝顔を見に来やすかったこと。
第二に、上野の山のふもとで、雑木の落葉が水路などに堆積し、
その土が、朝顔の栽培にとても適していたことです。
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